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2006年3月13日 (月)

センチョルディ エルマノス 1890年頃

sentchordiこの楽器は「トーレス時代のスパニッシュギター」という括りで当時の音楽を演奏するのに使っています。トーレスについてはサウスウェルギターの所にも触れていますので、よかったらそちらも読んでみて下さい。現代ギター社から発行されている「クラシックギター・銘器コレクション」にも収録されています。そちらの写真はさすがに綺麗に撮影されていますよ。

ラコート・パノルモ・シュタウファーは19世紀ギター3つの珠と呼んでいいと思いますが、あえてもう一つそれに4つ目の珠を加えるとしたらやはりトーレスを代表とするスパニッシュでしょう。ただ実際に本物のトーレスを入手しようと思ったらまず不可能。仮に売りものが出ていたとしても先の3つの珠とは一桁違ってしまうことでしょう。じゃあスパニッシュは無理か?というと案外そうでもないんじゃないかというのがこの楽器を入手したいきさつです。・・・というのも楽器、特にこういう古いものに関しては時代と地域が作り出す音色というのがあって、例えばラコートにしたって19世紀フレンチの代表ではあるけれど当時の全ての人がラコートを使っていたわけでもないし、周囲を見回せばラコート以外でも負けず劣らずの高いクラフトマンシップのものや音色を持ったものはたくさん見つかります。要はその時代その地域ではだいたいそういう音の楽器が作られていたということなんです。それならばスペインだってトーレスと同時代にはそういう特徴を持った良いギターが他にも作られていたに違いない。。。そんなふうに考えて出会った楽器がこれです。ブランドは確かに重要だし楽しい。けれど入手や実用を考えるとこだわりすぎないほうが実りが多いということもあるというわけです。もちろんこの楽器もそこまで無名というわけではなく、ロマニロスの編集したスペインの製作家辞典にも記述は見られますし名前で検索すると時々見かけます。

Sentchordi Hermanos(センチョルディ兄弟)は18世紀から続く弦楽器製作の一族で19世紀後半スペインのバレンシアで製作をしています。弦長は647ミリほどですが現代の楽器より二回りほど小さく感じるし重量もかなり軽い。表面板は当然松。裏板は時代ですねえ、完全な柾目のハカランダです。バレンシアは当時南米向けのギター製作の中心地で、この楽器も口輪のデザインなどからそうした目的に作られたと思われます。構造的にも面白いところがあって実はこれ力木が無いのです。ブリッジ辺りにドーム状の膨らみを持たせる構造をトーレスは力木を使って作っているのですが、センチョルディは板の厚みをコントロールしてやっている。修理をした(故)水原氏によると「板の厚みの分布で強度を保つ方法であると考えられ、ギター作りにチェロの手法を反映させたように見える。胴体を組む方法や三角の補強材(ペオネス)の使い方にもその影響がある」ということです。ロマニロスの書いたトーレスの本の中にも当時力木を持たない構造のギターがあったと触れられているところがあります。

音の方はこれが正にスパニッシュ。これが力木を持たないという、ある種変わった構造のギターだというのが不思議なくらい正統派な音色ですね。逆に言えばそれぞれの製作家は様々な方法を駆使して「ある音」を目指していた証でもあるでしょう。その「ある音」こそ、ここで言うところの“時代の”“地域の”音であるわけです。具体的には深みをもって粘る低音、そして甘く歌う高音。ポジションによって音色の特徴が良く出る特性。このバランスやコントラストがあってこそタレガやその周辺の作品・アレンジがあるというのがわかりますね。あの低音弦にメロディーを持ってきてチェロのように歌わせる手法やハイポジションをドンドン使いたがる運指指定は全くもってこういう楽器を想定しているのでしょう。こういう楽器の特色はその後のモダンギターにも通じるところがあるので、近代の作品くらいまでは充分カバーできる楽器でもあります。2005年末にペグを再調整して使い勝手がかなり良くなったので今年からは積極的に使いたいと思っています。弦はアクイーラのナイルガットとハナバッハのテルツ用低音弦を合わせて全体には若干張力を下げ目にしています。

スペインの古いギター、特にトーレスに影響を受けた20世紀初頭の名の通った製作家のものは結構高い値段で取引されています。もちろんそれだけ価値のあるものもあるわけですが、古いスパニッシュの音色を堪能するという観点から見れば今回紹介したような楽器を探しだして必要な修復があればそれも行って演奏するのは楽しいものです。19世紀末ごろのスパニッシュはトーレス以外まだそれほど脚光も浴びていないので入手も比較的容易といえるでしょう。良いものは音の素晴らしさにビックリしますよ。

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