昨日アップしました「夜汽車にのせて」と題した3つのドイツ民謡から、二つの曲について解説的なエッセイを書いてみました。文末に演奏のリンクも載せておきますので、よろしかったら演奏を聴きながらお読みいただけたら嬉しいです。
「さよなら(冬よ、さらば!)」のこと
日本では幼稚園で「さよなら さよなら/これできょうは/おわかれしましょ/みなさんさよなら」と歌われるお帰り時ソングのイメージで、わたしは子供のころこそ歌いませんでしたが、それは時代かな。今はまぁそれが頭に浮かびます。・・・なんですが、調べてみると原詩はこんな感じでした。「さよなら」は冬との別れなんですね。
1番
|冬よさらば
|別れはつらい
|だが冬との別れは
|心を笑顔にしてくれる
2番
|冬よさらば
|別れはつらい
|お前を忘れる喜び
|いつも離れていたい
3番
|冬よさらば
|別れはつらい
|すぐに家に帰らないのか
|カッコウがお前を笑っているぞ
ただ、なんか変だと思いません?
「別れはつらい」と言っているのに、あとに続く詩が全然つらそうじゃないじゃないですか。むしろそれを求めている感じ(笑)
これはつまりこういう事なんじゃないですか?「世に“別れ”とはつらいものだけれど、冬に関してはまったく別っ!冬とはさっさとオサラバしたい、ああ春はいいなあ、もう早く春になっておくれ!」と、ちょっと大げさで冗談交じりに言っているのではないかと。日本の「春よ来い」が「おんもに出たいと待っている」とのんびり歌うのとは大違いですね(笑)。ドイツの冬はそんなに寒く辛いのでしょうか、心配になります。。。
いや、まさか今付き合っている冬子ちゃんとはしんどくなってきたんで、別れるときは大変だけど、そのあと春子ちゃんと付き合う予定だからもうひとガンバリ・・・とかの暗喩は無いと思いますよ(笑)!
・・・と、ここまで書いたあと少し気になって当時のドイツの冬について少し調べてみました。この曲が作られた200年くらい前は全地球的に1300-1850年ごろまでにわたる最後の小氷期(ちなみに現在は間氷期)の終わりくらいだったようで、ロンドンのテムズ川が凍った話は聞きますがドイツのドナウ川も結氷し、やはり人が歩いて川を渡ったり屋台が立つこともあったようです。当時人々の暖は薪で得ることが一般的で、家の中でも暖まれる場所を作ることが精一杯、家全体が暖かい状態はとうてい望めず、もし冬が長引いて薪が尽きたら命の危険すらあるという時代。さらにそんな折1815年にはインドネシアのタンボラ火山大噴火によって1816年は「夏のない年」ともいわれる自然の脅威にさらされたりもしますが、作詞のホフマン・フォン・ファラースレーベンは1798年生まれなのでこの時18歳。感受性の高い年齢でこれを体験していると思われます。そこで生まれた「お前を忘れる喜び いつも離れていたい」という気持ちは柔らかな詩の中にあっても切実だったのでしょうね。
そんな詩を載せていたメロディがいま日本で「さよなら」として辛さも生命の危険の影も無い幼稚園の帰宅ソングとなり、子供たちの声で元気に無邪気に歌われている様子は科学と人類の進歩によって得られた幸せを示すひとつの形なんだなぁとも思いました。
「別れの歌(ムシデン)」のこと。
日本では卒業式の時によく歌われ、日本語歌詞は「さらばさらばわが友/しばしの別れぞ今は/身は離れ行くとも心はひとつ/いつの日にかまた会いみん/幸(さき)くませわが友」でしたね。わたしもこの曲には胸にツンとくるような思いがあります。
この曲は「ムシデン」とも言われていて初めて知った頃には「虫電ってなんだ?」なんて思ったものですが、これはドイツ語の歌い出しが「Muss i denn、Muss i denn」となるからなんですね。和訳では「行かねばならぬ 行かねばならぬ」くらいの意味で詩の内容を示すものとは言い難いのですが、昔の歌では往々にしてこういうことはよくあります。つまり、そもそも詩(歌)のタイトルというものは無くて、インデックスとして歌い出しをタイトルのように扱っているということです。 先にアップした「夜汽車にのせて」と名付けた3つのドイツ民謡はドイツ語タイトルは全て歌い出しになっていました。
それで原詩の内容ですが、状況は修業のために地元を1年間離れる青年が恋人に「どうしても行かなくてはいけないんだ」と語りかけているシーンです。
青年はこう言います「わたしはこの小さな町を出てゆく」「でも帰ってきたら、また戻ってきたなら、わたしはまっすぐお前のもとへ帰るよ」。
女性はそれを聞いて「もう愛が終わってしまうかのように」ポロポロと涙を流します。・・・これは切ないですよね。でも青年は恋人に誠実を誓い、「一年後、ブドウの房を摘む頃にわたしはまたここに戻ってくる」から、そうしたら「結婚式を挙げよう!」と提案します。
しかし、しかしですよ(笑)!
2番の歌詞を眺めていると
|外には 外には
|娘たちが たくさんいるけれど
|恋しい人よ 私はおまえに誠実でいる
|たとえ他の娘を見たとしても
|私の愛が消えることはない
|外には 外には
|娘たちが たくさんいるけれど
|恋しい人よ 私はおまえに誠実でいる
・・・とあるのが目につきました。(^_^;)
娘たちがたくさんいるって連呼するの、怪しくありません?
なんか強調し過ぎ!と思うのはわたしだけでしょうか。
さらに読み進めて3番の歌詞
|一年たてば 私の時は満ち
|私は おまえのもの
|おまえは 私のもの
|そのときも
|そのときも
|おまえが 私の恋人でいるなら
|それが 結婚の日になるだろう
アレアレアレっ?「(もし)わたしの恋人でいるなら」・・・なの❓❓
「必ず結婚しよう」じゃないんですね。
あ~(ため息)、今この歳になると一年なんてあっという間とも思いますけど、やっぱり若かりし頃、恋人同士が一年間も会えないというのは心の不安が去来するのでしょうねえ。誠実でありたいけれど、揺るがない自信があるわけでもない。これは男性の歌だけれど、女性側だって地元の男性に言い寄られてそちらに傾くこともあるかもしれない。
「泣いてしまう娘」「言い訳が多い青年」「条件付きの未来」みたいな構図が実に人間臭く、リアルに感じてしまいました。200年も前の歌ですけど。。。
この歌、なんかイイ話だけでは終わらない危うさ、不安と言ったものも含んだ人生の深さを描いているようにも感じたのですが、こんな理解で良いでしょうか。
モチロンわたしはこのカップルには是非この試練に打ち勝って、美しい結婚と幸せを享受されることを心から望むものですが。

https://youtu.be/GHsyMvFkZFU
3つのドイツ民謡「夜汽車にのせて」
~夜汽車・さよなら・別れの歌(ムシデン)
J.K.メルツ~植木&はせがわ編
演奏:植木和輝 長谷川郁夫
楽器:ゲオルク・シュタウファー作(ウィーン)
プライムギター&テルツギターともに1830年頃の作です。
最近のコメント